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2009年1月10日 (土)

トークショー“澁澤龍彦とその時代”

トークショー“澁澤龍彦とその時代”

異端の思想家澁澤龍彦が時代とどう向き合ったか60年安保時の反体制的アジテーターから一転して密室の夢想家に変貌した様や三島・バタイユとの関わりを話します。

講師 河津邦喜

2009年1月31日(土曜)
17時開場 17時30分開演
入場料 500円
会場はカフェ・パルルとなりのよろずアートセンターはちです。

予約、問合せ 090-3386-2604(永田)

河津邦喜
哲学者。ドゥルーズを専門とする哲学の領域にとどまらず、古今東西の様々な知に精通。
中京大学などでその博覧強記を発揮している。

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「あの」三島由紀夫と思想的・審美的に連帯していた澁澤龍彦について考えてみたいと思います。去年は、吉本隆明・江藤淳・柄谷行人(と蓮実重彦)について話させていただきましたが、それ以後、1900年代初頭に生まれて第一次大戦を青年時代に過ごし1930年代という世界大恐慌とファシズム台頭の時代に思想形成したフランスの思想界の巨人たち(ジョルジュ・バタイユ、モーリス・ブランショ、ジャック・ラカン、クロソゥスキー)についてその伝記や作品や解説本をあれこれ読んでいましたが、吉本たち日本の知識人を理解できるほどにその実生活から彼らを理解することは、なかなか困難です。
この点で、澁澤龍彦(1928-87)は、フランス30年代の思想と日本とをつなぐ点では特権的な文学者です。彼は戦後、東大仏文科へ進む前にすでにジード、コクトーを読み、50年の東大仏文科1年生のときからアンドレ・ブルトンの『黒いユーモア選集』から決定的な影響を受けました。サド公爵についてはこの本から知識を得ました。そしてシュルレアリストに熱中し、卒業後はコクトーの『大股開き』翻訳(1954年)から始めて、ブルトンから学んだサドへの翻訳(1955-59年)・研究(58年『サド復活について』59年処女評論集『サド復活』)へ進み、1960年には『悪徳の栄え』が発禁処分になり、61年から数年間サド裁判の被告となり、ジャーナリスティックな意味で一躍有名人になりました。(この裁判には、戦後の名声を確立した文学者-その中には吉本隆明も含まれます-が証人として参加協力しました。国家体制に歯向かうというポーズを示すための絶好の機会だったのです。)このサド裁判は、60年安保騒動と時間的に重なっていたため、澁澤が62年3月出版の評論集『神聖受胎』にまとめた諸エッセイは、ブント(共産主義者同盟)-全学連主流派学生の、戦後の諸思潮(アメリカニズム、戦後民主主義,共産党やその支配など)に反抗して楽しく暴れまわる風潮と強く共振するものとなりました。その諸エッセイで唱えられてものこそ、ジョルジュ・バタイユの反生産的蕩尽の哲学でした。
三島由紀夫はこのバタイユの哲学に強く感化されました。1970年に自衛隊駐屯地に殴り込みをかけて切腹する直前には、最後の対談と言われる古林尚との対談のなかでバタイユ哲学で自分は武装している旨を述べています。
しかし、澁澤といい三島といい、彼らのバタイユ受容はバタイユそのものとはどう異なるのか?浅羽通明の優れた評論『澁澤龍彦の時代‐幼年皇帝と昭和の精神史‐』(青弓社)はそのことを教えてくれます。この評論について話したいと思います。

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